前回は、教祖(「おやさま」と読みます)が歩まれた50年間の生涯が、私たちの生き方のお手本としての「ひながた」である、というお話をさせていただきました。
今回は、教祖が実際に通られた具体的な道中を少しだけ振り返りながら、「ひながたを辿る」ということの意味について考えてみたいと思います。
誰もが驚く「貧に落ち切る道中」と「迫害」
教祖が示されたひながたの道中で、まず最初に行われたのが「貧に落ち切る生活」でした。
家にある食べるもの、着るもの、お金、さらには田畑に至るまで、困っている人々にすべて施されました。
そんな中での有名なエピソードがあります。ある日、その日に食べる分のお米も無くなってしまい、ご家族が困り果てていた時、教祖はこう言って励まされました。
「水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある」
親心を持って人々を助ける中に、不思議なご守護が次第に現れるようになりますが、こうした貧しい生活は1年や2年で終わったわけではありません。50年間のひながたのうち、なんと約半分(23〜24年間)が、このような「貧に落ち切る生活」でした。
そして、だんだんと助けられた人々が集まってくるようになると、今度は警察からの激しい圧迫や迫害が始まります。
当時は、国を強くするために天皇を神とする時代でした。そんな時に「天理王命(てんりおうのみこと)という神様が元の神で、神様の子供である人間は等しく平等である」という教えは、人心を惑わせているとされ、教祖をはじめ、お側の人たちも何度も監獄に入れられる(投獄される)という過酷な道を歩まれました。
私たちも同じように貧乏しなければならないの?
教祖の歩まれた歴史をざっと見ると、みなさんの心の中からこんな声が聞こえてきそうです。
「えっ、そんなに大変な生き方を私たちも真似しなきゃいけないの?」
「貧乏することが目標なの?」と。
確かに、あの通りに生活することは現代の私たちには不可能ですし、それが神様の本当の狙いなのでしょうか。
ここで、あるYouTube動画で拝聴した、茶木谷吉信先生という教会長さんのお話がとても分かりやすかったので、ご紹介したいと思います。
語り口もすごく温かく、わかりやすい動画を多数出されている先生なので、是非検索してご覧になられることを強くお勧めします。
みなさん、ウォルト・ディズニーをご存知ですよね。
ディズニーは映画の世界にいち早くアニメーションを取り入れ、夢の詰まった作品をたくさん作って世界中を驚かせました。
そんなディズニーカンパニーに、あるとき大きな転換期が訪れます。コンピューターの進化によって、CG(コンピューター・グラフィックス)を使ったアニメーションが作れるようになったのです。
その時、会社の中では激しい議論が起こりました。
「ウォルト・ディズニーは、ずっと手書きの、血の通ったセル画でアニメーションを作ってきたんだ。CGなんて邪道だ!」と主張するグループ。
一方で、「CGの映画も取り入れるべきだ」と言うグループ。
最終的にディズニー社は、CG映画を作る方向に舵を切りました。それがピクサーと作った『トイ・ストーリー』だそうです。その後も素晴らしいCG作品を世に送り出し続けています。
では、なぜ彼らは手書きにこだわらず、CGを選んだのでしょうか?
最終的に彼らの背中を押したのは、このような考え方でした。
「もしも今、ウォルト・ディズニーが生きていたら、きっとこの新しい表現技術を真っ先に取り入れて、みんなを喜ばせただろう」
表面的な真似ではなく「精神」を受け継ぐ
この話は、「ひながたを辿る」ということを考える上で、ものすごく大切なヒントをくれています。
ウォルト・ディズニーが本当にやりたかったのは、「手書きのセル画にこだわること」ではなく、「世界中の人々を楽しませ、感動を届けること」でした。弟子たちは、その「思い」を受け継いだのです。時代が変わり、方法は変わったとしても、「ディズニーならどうするだろう?」という軸足を持っていたからこそ、今でも世界中の人を魅了し続けています。
私たちの信仰も同じではないでしょうか。
教祖が具体的にどんな道を通られたのかを正しく知ることは、もちろん大前提として必要です。しかし、何をしたかという表面的な行動をそっくりそのまま真似しようとすると、本質からズレてしまいます。
大切なのは、「今の時代、もし教祖だったらどうされるだろう? 何て仰るだろう?」と、教祖の思いに軸足を置いて考えることであることを気づかせていただきました。
次回は、この「教祖ならどうするか」という視点から、私たちが日常で実践できるひながたの通り方について私なりにまとめてみたいと思います。
(第3回に続く)
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